会議の目的を見失った日に学んだこと

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今日、お客様とのシステムの運用保守に関する打ち合わせがあった。しかし、振り返ってみると、それが「確認」なのか「説明」なのか、会議の目的そのものが曖昧なまま進行してしまった。

前日に共有した資料を少し補足しながら読み上げ、その後に漏れや認識の相違がないか確認を行うという形式的な流れ。なぜか会議が終わるまでは、それで十分だと思っていた。資料の内容を共有することで、役割を果たしているのだと。

しかし会議が終わってみると、疑問がわいてきた。

ただ読み上げるだけであれば、資料を確認してもらうだけでよかったではないか。

本来なら、資料の中から検討が必要な部分を引っ張り出し、そこに時間を集中させるべきだった。資料をただ読んだだけの自分、目的を明確化せずに会議に臨んだ浅はかさが恥ずかしかった。

言語化スキルだけでは足りない

私は毎日言語化トレーニングに取り組んでいる。思考を正確に言語化し、相手にうまく伝えるためのスキルを磨くためだ。

しかし今回痛感したのは、いくら言語化が上達しても、目的が明確でなければ、それは無駄な努力になってしまうことだった。

言語化スキルを磨くと同時に、取り組むべきことがある。それは、会議や資料、そして自分の発言の目的を明確にすること。相手が何を求めているのかをしっかりと把握し、認識することだ。

「目的を把握する」という難しさ

一挙手一投足の目的をしっかり把握する。これが意外と難しい。

自分では「理解している」と思っていても、今回のように実はその認識が浅かったりする。表面的な理解にとどまっていて、本質的な目的を見失っていることがある。

すべての場面で完璧に意識することは難しいかもしれない。しかし、少なくともお客様と直接対話するような重要な場面では、目的を見直し、改めて考え直す習慣を忘れないようにしたい。

「何のために、この時間を使うのか」

この問いを、常に自分に投げかけていきたい。

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